シティポップを愛せない

どうしても流行に乗れない体質だ

髪を切る

 

 髪を切って、全体にパーマをかけて、雑誌の綺麗な女の子ならば「外国人風パーマ」と言われるような奴になった。もともと天然パーマで、前髪だけを縮毛矯正かけてその他は良い感じに切ってもらっていたんだけど、流石に10年近く前髪ストレートやってたら飽きた。あとコスパが地獄なのでちょっともう勘弁して欲しかった。あとてっぺんが若干ハゲできたので恐怖を感じた。そして、もともとのくせ毛前髪を放っておいたらどうなるのかも興味があって。理想としては切ってもらう内に気づかない内に地毛になってるパターンです。私はショートかベリショが大好きなので気に入っています。人からみたらどうなのかはわからない。一つだけ確かなことは、男ウケは最悪であるということです。

 男性はどうやら髪の毛が長くてふんわりしてて、風に柔らかくたなびくものが好きらしい。雑誌で読みました。髪の毛の流行りの切り方をみた雑誌をみても、驚いたことに、「ショート」「ベリーショート」の項目はほとんど無い。母数が少ないからかしら。最終的にベリショのまま、雑誌にあるようなレディな格好をするのが目標です。頭スッキリしてる方が良いんだもん。友人には結構前に「伸ばせば」と言われました。裏切りました。ごめん

 

 

 初めて髪を切ったのは高3の時で、鎖骨下5cmくらいあったのをバツーンと肩上にした。その時の男女のリアクションが忘れられない。「切ったの〜!イメチェンじゃん」と無邪気に絡んでくる女子と、割と男子に嫌われていたので好き放題言われた。けれども私はものすごく似合う髪を見つけたので満足していた。ムースで綺麗に出した髪がふわふわで、お手洗いから帰ってきたら友達が「今ハローがトイレ出たら、二年生が『あの人めっちゃパーマかけてる!』って言ってた」「超ウケる」みたいな会話をした記憶がある。

 今のこの髪は乾くの速いし普通に似合っていてお気に入りで、10年以上多少の長短とか切り方の違いでフォルムを変える程度だった。だから、(ベリー)ショートと男ウケについて考えたこともなく、勝手に好きな髪型をしていた。バイトもしてたから素っ頓狂な色に染めることもなかったし。

 それで、就活なんか始めたりして、初めて「人にみられるため」の髪型をすることになった。すごく嫌な言い方をすれば日和る・媚びる など。でも食い扶持が一番大切なので、身だしなみ本を読んでいたら、女性向けの就活対策本ですら、髪の毛が肩より先にある女性しか就活しない前提になっていて驚いた。でもそう書いてあるので、しばらく伸ばしてみた。結局その途中でものすごい不潔な見た目になるのが我慢できずに、耳掛けで綺麗に収まるようにしていただきましたが。(完全に横道ですが、私の買った就活本は、『ジジイに媚びろ! 雌どもは外見もジジイ好みになれ!!』と気持ち良いくらいの記述があった。「スカートで行くべし」「息子のお嫁さんにしたいタイプ」「ほのかな色気のある雰囲気」とか普通に書いてあって爆笑した)

 あと、衝撃だったのは今よりもうちょっと長い普通のショートヘアの時に、ボランティア先の小学校低学年くらいの子達に「男だァー!!!」と言われたことです。男だって言われたのがショックだったのではなく、このテン年代の子どもたちにも「女性=長い髪」というのが刷り込まれていたことに驚いた。6,7年くらいしか生きていない子の周りは、お姫様とかお母さんとか先生とかなんかのキャラとか、色んな女性がいるだろうに、やはりベリーショートの市民権は未だ遠いようです。

 

 

 このままじゃ未来が絶望みたいな感じなので、これから「思いっきり髪切ってやろうかな」という女子のために良いことも書きます。まず一つ、量産型からかけ離れた見た目だから、母数少なくて覚えてもらいやすい。そして、これがかなりおすすめ何ですけど乾かすのが速い。(ヘアアレンジさえ覚えれば)長い髪より垢抜けて見える。あと個人的な感想ですが、首回りのスッキリ感のおかげでニットとか軽い感じに着れそう。

 

 次はカラーをしたいので、また楽しい悩みが増えそうです。急にキキララみたいなピンクになってもびっくりしないでね

 

 

 

 

お題箱より

こんにちは。前回の文章が怪文書みたいでちょっとヒきました。お題箱にいろいろいただいたので、また何か書きます。

 

●URLを送ってきた人

 鍵アカウントで読めないので、わたくしを褒め称える文章ならばリプライでお願いいたします。わたくしをDisる文章ならば、時間もったいないので、もうそのまま忘れて下さい 

 

●おすすめの簡単にできるおかず

 ウインナーを買う!ウインナーをそのまま食う!!もしくは茹でてカラシをつけて食う!!「おかず」と呼べるものを作ったことが無くて……すみません…

 時間がかかりますが脳を使わない簡単おかずでは、ベーコンをちっちゃくちっちゃく切ってカリカリに炒めて角切りのアーモンドと好きな量のカレー粉を放り込んで、またパラパラと炒めるとご飯が無限に食べれるおかずができます。ふりかけに近いですが…

 

●起きなきゃいけないけど寝ていたいあの感じ

 私は今日それやらかして酷い目にあったのでタイムリーな話題です。寝ていたいですよね。でも起きなきゃいけないんですけど、あと数分だけ寝ちゃうんですよね。あの最終的に「なんでだよ!」ってキレそうになるんですけど、寝起き悪いんでしょうか。

 私は起きなきゃいけないけど眠すぎて寝てしまう時「ちゃんと起きた世界線の自分」の夢を見ます。一瞬寝ぼけてるんでしょうね。病院に行くために起きなきゃいけないけど寝ていたい、と思ってるうちに着替えてカツカツ道路を歩いて信号待ちをしながら「これは多分夢なんだろうな…」と思って、信号を渡りながら「はい夢でした…」って起きます。「帰ってきた」という感覚があってちょっと怖い いつか帰ってこなくなったらどうしましょうね。

 

衝動買い

 

 

 本ってどんだけ衝動買いしても2万とかしなくて良いよなあって書こうとしたけど、「僕は洋書やデザイン関係の本を買うので5万くらいになるときもありますね笑」と心の一番鬱陶しいシティボーイが言ってくるのですが、本は衝動買いしても2万とか行かなくて最高。しばらく読めるし。でも私積ん読が超多くて、それこそ5000円くらいの古本を衝動買いしてビニールすら開けてないとんでもない読者なんだけど、でも本買うの超楽しい。大型書店は行くだけでなんか「なんでも買っていいですよ」って言われた気分になってスーパーで野菜買うみたいに入れまくってる。ギリギリの理性が文庫の比率を多くしている。逆に言えば文庫は歯止め効かない。たまに詐欺みたいな文庫あって、文庫なのに1200円とかしてやばい。値段見ないで入れてからレジで二度見することよくやる。

 デザイン関係の本と漫画はあんまり買わないんだけど、昨日ブルーナのデザイン本と岡崎京子の漫画を買った。両方とても良かった。あとはなんか精神分析精神科医が書いた若者論みたいな本を買った。

 そういう若者文化論みたいな本好きなので面白い本あったら教えて下さい。昔のやつでも良いです。

 

 秘密結社ツイッターシティボーイクラブの文化論担当(今構成員に無断で名乗りました)としてはポパイ読むのは義務なんだけど、いうて映画とドーナツに興味ないのに買ってしまった。両方とも死ぬほど見てえ食いてえものじゃない。まだ読んでない。読むけど。ただ、服とか男の子が可愛いから絵を描くのに役立ちそうだなあと思って切り抜いてほぼ日カズンに貼ってる。(ほぼ日カズンどう考えても粘土板並みに重いから、書きにくいけどデイリー手帳をモレスキンに変えようか悩んでいる。切り貼りをもう少し厳選していきながら。)

 

 映画とドーナツといえば吉田篤弘を思い出す。とくに映画は、吉田篤弘の映画に関する文章だけで本作れそうなくらいに映画がテーマのものが多い。「それからはスープのことだけ考えてくらした」(うろ覚え)も良かった。でも私は吉田篤弘は短編が好き。お洒落な言葉?難しい言葉を全く使わなくてもきれいな小説は書けるということを中学生のときに吉田篤弘から教わったと思う。平易な言葉はかっこいいです。随筆だと佐野洋子。かっこいい。イケメン。佐野洋子は真正面からパコーン!と頭を叩かれる感じがする。「真正直さに強姦されて、私の真正直さがよがり声をあげている」なんて文章絶対に思いつかない。単語で区切ったら中学生でわかる言葉なのに、組み合わさるとこんな衝撃的文章になる。しかもこの人絵描けるし。「100万回生きたねこ」ね。佐野洋子のこの作品に関する説明がすごくいい。本棚から持ってくるの面倒くさいから引用はしませんが、とにかく良いので読んでほしい。

 女性エッセイについて書くと永久にやってそうなんだけど、そういう考えがきっぱりした女性のものが好きです。シオシオじめじめ考えが方が邪魔臭いエッセイ超嫌い。

 

 

 読み直し始めたからここでやめよう

 

 

 

 

 

 

シティポップを愛せない

 

 

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 シティポップを愛せない。声がヒョーってしてて妙に高くて耳に障る。私は音楽を声で聴く。一番好きな声がトムウェイツだからお察しの好みなんだけど、皆が聴いてるシティポップが耳に合わない。ボソボソ歌ってるくせに声が細くて高くて不安定になる。だから嫌い。声が低いと急に聞く耳をもつ柔軟性はあるけれども。

(どうでも良いけどシティポップは何故渋谷に疲れている歌詞が多いのか。渋谷の交差点へのクレームが多すぎる。これはちょっとおもしろいと思ってる。次は皆どの街が嫌いになるんだろう。下北沢らへんは割りと嫌われ尽くしている感じがある。ところで私は西東京もあまり好きじゃない。それこそいると疲れる。ただ距離的問題なだけな可能性が非常に高いので、「どこのエリア一番好きか問題」は保留にしたい。)

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 ところで日本語ラップもあんまり愛せない。明るくても暗くても言ってることが鬱陶しいとイライラするので好きじゃない。でもあまり明るいジャンルではないので、たまたま当たるやつが高確率で「ハァ」となるだけかもしれない。好きなやつを探す気は今のところあまり無い。

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 「当たり前のことブツブツ言ってんじゃねえよバーカ」って思うのもある。「いつの少女漫画だよ気持ち悪い」と思う歌詞もある。これは上で挙げた好みにかなり引っ張られるからあまり一貫性の無い話だね。一番好きな歌詞なんだろう。今度考えてみよう。

 

 好きなものはツイッターでよく書くので嫌いなものの話でもしようと思いました。いろいろな人に色々な音楽を紹介してもらって、普段聞かない曲を聴いてみよう! という気はすごくあるのは本当。でも「私の耳とはご縁が…」と穏やかにプレイリストから消すものもある。「好き!」となってドハマりしたこともある。

 別に私の好みの曲もってこいとかワガママ言う気は無いし、マジで好きな曲は大体自分で探しているので問題は無いし。当たり前だけどそれ聴いてる人の人格否定する気なんて一ミリも無い。アスパラ嫌いだからってアスパラ好きはバカ舌なんて思う訳あるか。そう言えば私って好きな音楽の話を真剣に誰かに聴いてもらった試しが無い。大体聞き役に回っている。「あー私の好きな音楽って皆に興味持ってもらえないか、過去の興味なのねー」と想像しながらウンウン聞いている。頑張って興味をどっこいしょと出してきて、多少話に混ざろうとしても根本的エネルギーが薄いから相槌が半笑いになってくる。そして「世の中そんな音楽があるのねー」モードに入る。その後は拝聴している。最終的にこの先好きになる音楽も嫌いになる音楽も、まず語りを拝聴することから始まるのは面白いなあと思う。まず一時間二時間の拝聴。そしてYouTubeで拝聴10秒。

 

 

 

 

 

喪服の話

 

 地味に楽しみにしていたWebマガジンのShe is [シーイズ]が発表されたので読んでいました。 https://sheishere.jp/ 

 

 前田エマさんの喪服の話を拝読して、関連して思ったことがいっぱいあってあんまりしない話をしようかなと思いました。

sheishere.jp

 前田エマさんは、思わぬタイミングで、とても似合う喪服を購入することができたのだとおっしゃいます。

 私が喪服を買ったのは確か一月でした。父親は、余命も出せないくらいに「いつどうなるかわかりません」という状況で(口とお腹だけは元気だった)、正直心の準備をしなければいけなかった。でもあまりに弱ってから買うのも気分的に嫌だったし、実家に帰ってきたときにサッと買って「しばらく使いませんように」と祈りながらクローゼットに入れることにしようと相談した。あまりじっくり見て選ぶような気分でもなかったので、適当に2,3着候補を出してその中で一番マシに見えるもので選んだ記憶があります。「まあ長く着れる質ではあるから、これで妥協しよう」と、前田さんと全く逆の理論で買いました。

 

 その後五月に父が亡くなって、私は喪服に袖を通すことになりました。着たことのない服を着る高揚感と、これから父が骨壷に収まるまでの怒涛の二日間を思いながらチャチャっと着て、関係無いんですけど一番非日常感があったのは本真珠のネックレスをつけたことです。本当に葬儀でしかつけないので。それをパチっと止めた瞬間、「あ、お葬式だ」と思った覚えがある。

 

 葬儀の間は、喪主の母親はあちこち忙しくしていて、私は遺族だけれど何もできないので祖母の付き添いをしながらおやつを食べたり、遠縁の親戚にこんにちはをしたりしながら、ボーっと二日間葬儀屋さんの言うことを聞いて泣いたり数珠を持ったり母の後ろに立ってお辞儀をしたりしていた。

 それで一日が終わって、明日は焼き場だね、眠たいねと話しながら喪服を脱いでいたら、母に「それものすごく似合ってた」と言われた。「買った時は喪服に着られているみたいで、『まあ若いから仕方ないな』と思っていたけれど、お葬式が始まってからすごく似合っていて、着こなしていた。それが本当に悲しい」と静かに言いました。私も、母が着ていた和服の喪装がものすごく似合ってみえた。父が亡くなって、「遺族」と「喪主」という環境におかれて、私たちは完璧に喪服を着こなしてしまった。大正解だったのです。

 

 今回の記事では、前田さんはプロから「大人になるにあたって必須の服」をぴったり選んでもらったことを喜んでいてとても可愛いと思いました。しかし、いざ誰かを送るためにその服はどういう風に見えるのかはわからない。肌のようかもしれないし、酷い違和感を抱くかもしれない。残念ながら、「正解」は「問題」の前に見せてもらうものではないのです。「たいせつなひと」のときに、前田さんの喪服について、本当の正解が出るのでしょうと思いながら読みました。そしてそれはできるだけ遠い未来の話しであることを心から祈ります。

 個人的な考えとして、喪服は環境が着せるものだと思います。環境が喪服をコートのように、あるいは羽衣のように覆うと言って良いかもしれない。さらにそれを纏う。葬儀という環境無しに喪服は成り立たない。さらに、誰が亡くなったかという情緒無しに喪服は「喪服」として働かない。「私らしく」喪服を着ることは無理だ。私に喪服を大正解に着せてくれたのは父です。私は正直言って死ぬ寸前まで父と非常に不仲でしたが、そういう事も含めて様々な父への感情が私に大正解の喪服を与えてくれたのだと思います。

 秋のお彼岸を迎えました。そして来春に一周忌の法要です。私は大正解の喪服を着て行きます。

 

 

 

 

 

 

お題箱より・自室

 

 お題箱より・「自室」といただきました。お返事が遅れてしまい申し訳ありません。

 

 子どもの頃から、ものすごく「自室」にあこがれていました。小学5年生の終わりまで狭い社宅に住んでいて、自分の小さい本棚や机はありましたが、私が一人になれる空間というものはありませんでした。かなり小さい頃から「自分のお部屋がほしいなあ」と思って、布団で何か区切りを作って何となく自分のお部屋気分を味わったりしていた記憶があります。自分の所有スペースへの執着なんでしょうかね。

 

 それで、小学5年の年末に現在の実家に引っ越してきて初めて「自室」が与えられてものすごくワクワクした記憶があります。家を立てたので、自分の部屋の細かい要素を「ハローが自分で決めなさい」と言われて、黄色いブラインドに柔らかいグリーンと白の細いストライプの壁紙にしました。そのとき印象に残ってるのが、ブラインドを固定するための紐を何色にしますか? と聞かれて「壁紙と同じだからグリーンにして下さい」と言ったらものすごく感心された。正直「小5にしてはよくやった」と自分を褒めてやりたい。今でもとても気に入っています。それで実家を出るまで自分で好きなものを飾って自分の部屋らしくしていきました。私は絵葉書を壁に貼りまくるのと壜を集めるのが好きで、それらで部屋を飾り付けていました。

 今の家は、家具を一から決めたのが初めての経験でした。全部無印になって自分にヒきました。だって一番調和が合う。現在はミニオンが着々と領土を広げ、彼らと同居しています。そして、変わらず続けているのは壁にめっちゃお芝居のポスターを貼ったりすることです。壁に何かあると落ち着きますね。 

 

 今後の目標は、引っ越しをする機会があるので、今よりもサッパリした部屋にすることです。ミニマリストです。ミニオンは手放しません。友達なので。でも博物館みたいに色々博物的なものが置いてあるのも良いなあ。新しい夢が広がります。

 

 

 

 

 

 

 

お題箱より

 

 こんばんは。風邪を引きました。中途半端な風邪を引き続けるので、一発ダーンと熱出して起きたいのでですが、たいていそれはインフルエンザなので、イヤです

 

▼生きるとは
最近のわたしはほんとに生きてる意味がわからないので、どうお考えですか

 

 私は20年と多少しか生きていないので、「生きる意味」については20年ちょいの経験でしかお答えできないんですけど、わからなくても全く問題ないと思います。むしろ、そう簡単にわかったら怖い。まだ生まれて少々、死ぬまでウン十年生きてる時間あるのに、「生きるとはこれだ!」となれるような大人物はそうそう居ないと思います。

 早くわかると羨ましいのは「意味」ではなく「目標」だなあと思います。これがしたいとか、これがほしいと思って動けるものがその時々で在ると素晴らしいのではないかと思います。目標は失敗したり成功したり、放棄したり高めたりするのが自由なやつなので、意味よりも扱いやすい。自分を作るのは小さくても大きくても目標なんだろうなあと考えます。私が私を作る一番しょうもねえ目標は「ご飯を鍋で炊いて、もうサトウのご飯から卒業する」です。一番大きな目標は秘密です。生きる意味なんて後付でどうとでもなると思います。わからなくてもそんなに心配することないもん

 

▼愛について。愛ってなんだと思いますか?

 これはしばらく考えたのですが、パっと思ったのは「その人がその人らしく幸せで居ることを願う気持ち」と思いました。恋人家族友人推し全てに共通して持つものなので。